最近、子育て関連事業、特に保育園や学習塾の承継市場を見ています。当該分野に新規参入したいのですが、ゼロから始めるのではなく、事業承継やM&Aも有力な選択肢だと考えるからです。
案件は確かにあります。ただし市場構造に留意すべき前提が見えてきました。
帝国データバンクの集計では、2025年の保育園の倒産は14件(前年7件)、休廃業・解散は32件(前年24件)。合計46件で、2000年以降の集計で年間最多となりました(2026年2月15日公表)。学習塾も倒産46件(前年40件)で過去最多(2026年1月4日、速報値)。偶然、同じ数字が並んでいます。
内実は規模で分かれています。倒産した学習塾の約9割が資本金1000万円未満。売上50億円以上の大手は黒字比率90%超に対し、売上5億円未満は赤字率が約40%。保育園も2024年度決算で減益21.3%・赤字23.8%と、45.1%が業績を落としています。TDBは学習塾について少子化・講師確保難・物価高の「三重苦」と表現し、生徒獲得費用が数年前の2倍に跳ね上がったという現場の声を載せています。集客コストの倍増は、粗利の薄い小規模事業者ほど重荷になります。
買い手の立場で押さえておきたいのは、この46件が「買い手がつかなかった」側だという点です。市場に出てくる案件の一部は、同じ理由で値がつかないまま流れています。
こども家庭庁の「保育所等関連状況取りまとめ」(令和7年4月1日時点、2025年8月28日公表)では、利用定員302万9282人に対し利用児童数267万8417人。定員充足率は88.4%で前年から0.4ポイント低下しました。待機児童は2254人にとどまり、待機児童ゼロの市区町村は1530自治体(87.9%)に達しています。
利用児童数が2万6641人(1.0%)減る一方、保育所等の数は170か所増えて3万9975か所。需要が縮む局面で供給が積み増されています。「保育所不足」時代に組まれた整備計画が今も走っているためです。地域差はさらに大きく、都市部の充足率91.3%に対し過疎地域は74.6%。定員の4分の1が空いている計算になります。
同じ年、放課後児童クラブ(学童)の登録児童数は156万8588人で、前年から4万8636人増えました(こども家庭庁、令和7年5月1日時点の速報値)。それでも待機児童は1万7013人残っています。
出生数は2025年に67万1236人、前年比1万4937人減(▲2.2%)で、母数は確実に減っています(厚生労働省「令和7年人口動態統計月報年計(概数)」2026年6月3日公表)。にもかかわらず学童の登録が増えるのは、共働き世帯の増加で「利用する率」のほうが上がっているからです。未就学児の保育は供給過剰、小学生の放課後は供給不足。同じ子どもを相手にしながら、学齢と時間帯で需給が逆を向いています。
売り手側の事情も動いています。TDBの全国「後継者不在率」動向調査(対象約27万社、2025年11月21日公表)では不在率50.1%と前年から2.0ポイント改善し過去最低。承継の類型は内部昇格36.1%、同族承継32.3%、M&Aほか20.6%、外部招聘7.6%で、第三者への譲渡は選択肢として定着してきました。
ただし、案件数が増えることと案件の質が上がることは別です。ここまでの数字を買い手の目線に置き直すと、案件は二つの軸で分かれます。この二つを混ぜて「良い案件・悪い案件」と括ると、判断を誤ります。
ひとつめの軸は、今の稼働が自力で埋まっているか。 保育園なら定員充足率、学習塾なら在籍数と生徒獲得コストの推移にそのまま出ます。保育園の定員充足率は、全国平均88.4%、過疎地域74.6%が目安になります。ただし一時点のスナップショットより、推移で見ることが重要です。同じ85%でも、90%から落ちてきた85%と、80%から戻した85%とでは、その意味合いがまったく違います。
ふたつめの軸は、伸びている需要に手が届く位置にあるか。 つまり小学生の放課後を取りに行けるかどうかです。未就学児だけを相手にする事業は、出生数▲2.2%が毎年そのまま効いてきます。ここで効くのは意欲ではなく条件で、立地・物件の面積・人員の資格要件・自治体の公募状況で可否が決まります。
二軸で置くと、案件は四つに分かれます。埋まっていて放課後にも届く案件は本命ですが、当然ながら値も付きます。埋まっているが未就学児のみの案件は、成長を織り込まずキャッシュフローだけで値付けする対象になります——毎年逓減する前提の買い方です。埋まっていないが放課後に届き得る案件は、安く買って伸ばす再生型が唯一成立しうる領域で、人と時間を投じる覚悟が必要です。そして埋まっておらず未就学児のみの案件は、前述の退出46件と地続きにあります。これを掴むのは危険でしょう。
厄介なのは、この四つが同じ「少子化で厳しい」という一言で売りに出てくることです。売り手の説明は四象限を区別してくれません。線をどこに引くかは買い手が自分で決めるしかなく、判断に使える材料は次の三つに絞れます。
一つ、案件を見たら損益より先に充足率を出すこと。 定員に対する実利用の比率が、この業界で最も早く動く指標です。全国平均88.4%、過疎地域74.6%が物差しになります。7割台の案件は、値付けの前に「何年で戻すのか」「そもそも戻り得るのか」の目処が必要です。
二つ、転用余地をデューデリの項目に入れること。 未就学児の保育で余っている施設・人員を、放課後の需要に振り向けられるか。学童の待機1万7013人は事業機会ですが、設備・人員配置の基準と自治体の公募条件で可否が決まります。案件検討と並行して、対象エリアの自治体が出している放課後児童対策の計画と公募要領を読んでおきたいところです。
三つ、売り手の「在籍数」ではなく「獲得コストと定着率」を出してもらうこと。 集客費が2倍になった環境では、在籍数の絶対値は再現性を保証しません。直近12か月の入退会数と流入経路の内訳(紹介・口コミ・広告の比率)を開示してもらえるかどうかが、そのまま案件の質の判別になります。
少子化は前提ではありますが、個別具体の案件の説明にはなりません。同じ前提の下で、増えている数字と減っている数字が同時にあります。案件を見る側の仕事は、目の前の一件がどちらの数字の上に乗っているのかを、開示された資料から自分で判定することです。
(文: 株式会社Katallize 代表取締役 青崎 愛史)